
去年、社会人デビューした留学生のAさん。
先日、久しぶりに一緒に美味しいものを食べに行きました。
「会社はどうですか?」
そう聞くと、少し考えてから、
「上司が厳しいです」
という返事が返ってきました。
もちろん、厳しい上司が悪いという話ではありません。
ただ、その言い方や表情からすると、
あまり良い意味で言っているわけではなさそうです。
「厳しいって、どういうことだろう?」
文化も違う。年齢も親子ほどに違う。
育ってきた環境も、働くことへの価値観も違います。
だから、「厳しい」という言葉の背景に何があるのか
その時点ではよくわかりませんでした。
ただ、話をしていくうちに、
なんとなくイメージが浮かんできました。
上司はかなりのハードワーカー。
ある時、Aさんはまとまった期間、休暇を取って帰国したとのこと。
Aさんからすると、会社のルールに従って申請しただけ。
しかし、上司からは、
Aさんにとって納得しづらい注意を受けたようでした。
一方で、上司側の気持ちもなんとなく想像できます。
「新入社員なのに2週間も休むのか」
「この時期に休むのは少し困るな」
そんな思いを抱いたのかもしれません。
どちらが正しいかという問題ではなく、
問題なのは、お互いが自分の『当たり前』を前提にしていることです。
上司は、
「このくらい察してほしい」と思っている。
部下は、
「ルール上問題ないはず」と思っている。
そして、その間に小さな溝が生まれます。
この種のすれ違いは珍しいことではありません。
外国籍社員だけの話でなく、日本人の若手社員とでも
日常的に起きています。
だからこそ、マネジメントにおいて大切なのは、
問題が起きた時に注意することだけでなく、
「日頃から期待を言葉にして伝えること」ではないでしょうか。
期待が具体的な言葉として伝わって初めて、
相手との意思疎通が始まります。
特に立場が弱い側、経験が少ない側、
組織に入ったばかりの側から、常識の溝を埋めることは、
現実的にはなかなか難しいもの。
互いに歩み寄るには、上司から、
「言わなくてもわかるはず」
という幻想を手放すことが求められます。
私たちが思っている以上に、「常識」は人それぞれ。
多様な人材が活躍できる組織づくりには
綺麗ごとだけでなく、
コミュニケーションコストがかかることにも覚悟が必要です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。